小保方晴子氏らが「STAP細胞を作製した」と英科学誌ネイチャーに論文を発表。「刺激惹起性多能性獲得細胞」として再生医療の画期的発見として注目を集める。
外部から画像が不自然などの指摘を受け、理化学研究所が調査を開始。
理研がSTAP細胞の詳細な作製法を公開。
論文の画像が小保方氏の博士論文の画像と似ていると発覚。
共同研究者の若山照彦山梨大教授が論文撤回を呼びかけ。
理研が「論文に重大な過誤があった」とする調査結果を発表。
理研がSTAP細胞がiPS細胞より優れているとした報道資料を撤回。
若山氏による「STAP幹細胞」の簡易解析の結果、一部の実験で小保方氏がマウスを取り違えていたことが判明。
理研が最終報告を公表。石井委員長は「研究者を錯覚させる危険性がある。データをきれいに見せたいという意図をもとに作られた画像」と説明。画像の切り張りと使い回しを不正と認定。
小保方氏が「STAP細胞はありまぁす!」と記者会見で発言。
STAP細胞の論文が撤回される。
小保方氏の上司で理解者だった理研の笹井芳樹氏が自死。
検証実験が打ち切られ、小保方氏が理研を退職。
小保方氏の博士号が取り消される。
小保方氏が手記『あの日』を発表。発行部数26万部超えのベストセラーに。
2014年1月30日、理化学研究所(理研)の小保方晴子氏らの研究チームが英科学誌「ネイチャー」に「STAP細胞」に関する論文を発表しました。この論文では、酸性の溶液などで刺激を与えるだけで、普通の体細胞が多能性を獲得するという画期的な発見が報告されました。
発表直後は「ノーベル賞級の発見」として日本中が沸き立ちました。小保方氏は記者会見で「STAP細胞は、ありまぁす!」と涙ながらに訴え、一躍時の人となりました。マスコミは若い女性研究者の活躍として大々的に報道し、小保方氏の白いカーディガンが話題になるなど、科学的成果以外の部分にも注目が集まりました。
しかし、この熱狂は長く続きませんでした。論文発表からわずか2週間後の2月13日、外部から論文の画像が不自然だという指摘が寄せられ、理研が調査を開始。これが後の大きな研究不正事件の始まりとなりました。
STAP細胞論文の問題点は次々と明らかになっていきました。2014年2月13日に外部から画像の不自然さを指摘されたことを皮切りに、3月9日には論文の画像が小保方氏の博士論文の画像と酷似していることが発覚しました。
3月10日には共同研究者の若山照彦山梨大教授が論文撤回を呼びかけ、3月14日に理研は「論文に重大な過誤があった」とする調査結果を発表しました。さらに3月25日には、若山氏による「STAP幹細胞」の簡易解析の結果、一部の実験で小保方氏がマウスを取り違えていたことが判明しました。
そして4月1日、理研の調査委員会は最終報告を公表し、小保方氏による「画像の切り貼り」など2カ所の研究不正行為があったと断定しました。これにより、STAP細胞の存在自体が疑問視されるようになりました。
研究不正が発覚した後も、STAP細胞が本当に存在するのかどうかを確かめるための検証実験が行われました。小保方氏自身も検証実験に参加しましたが、2022年6月の報道によれば、小保方氏はSTAP細胞を再現することができず、万能性を確認するキメラマウスも作製できなかったことが明らかになりました。
理研の検証チームによる実験も行われましたが、2014年8月の中間報告ではSTAP細胞が再現できなかったと発表されています。小保方氏自身も再現できなかったことで、STAP細胞が存在しない可能性がさらに高まりました。
この一連の検証実験の結果、科学界ではSTAP細胞の存在は否定され、論文は撤回されるという結論に至りました。科学の世界では、再現性は研究の信頼性を担保する最も重要な要素の一つです。STAP細胞は、この再現性のテストに失敗したのです。
なぜこのような研究不正が起きたのでしょうか。お茶の水女子大学の白楽ロックビル名誉教授によれば、研究不正をする理由は「その方が楽で得だから」だと指摘しています。コツコツと研究しても画期的な成果はなかなか得られない中、不正をしてでも研究成果を挙げ、地位、名声、金銭を得たいという思いが根底にあるとされています。
STAP細胞事件は、日本の科学界に大きな影響を与えました。しかし、皮肉なことに、この事件を機に研究不正への関心が高まったにもかかわらず、研究不正の件数はむしろ増加しています。白楽教授の独自集計によれば、2010年代前半までは年間10件前後で推移していた研究不正が、2014年以降は年20件以上となり、2021年には45件にまで増加したとのことです。
また、近年ではオンライン化に伴い「査読偽装」という新たな不正行為も現れています。これは、投稿した論文を投稿者自身が査読したり、査読者と共謀して投稿者が要点を査読者に伝えたりして、査読を形骸化する行為を指します。
STAP細胞事件から11年が経過した2025年現在、この事件は様々な形で文化的にも影響を与え続けています。例えば、2025年4月からスタートする阿部寛主演のドラマ『キャスター』(TBS系)には、小保方晴子氏を彷彿とさせる役柄が登場するとされています。女優ののんさんが演じるこの役は、「疑惑の科学者」として描かれ、のんさんにとっては11年ぶりの地上波ドラマ出演となります。
STAP細胞事件から私たちが学ぶべき教訓は何でしょうか。毎日新聞の科学記者・須田桃子氏による『捏造の科学者 STAP細胞事件』では、この事件の問題点として「論文こそがSTAP細胞の唯一の存在根拠であるにもかかわらず、研究機関自らが論文自体の不正の調査を軽視した」ことを指摘しています。
また、「個人への盲目的信頼」も大きな問題でした。「バカンティのところの優秀なポスドクなんだから」「若山さんがやってるんだから」「笹井さんがあれほど自信たっぷりに言うんだから」という、個人への過度の信頼が、科学的検証の厳密さを損なわせたのです。
科学は、論文という形式で成果を発表し合い、検証し合うことで発展してきました。STAP細胞事件は、その科学の基本的なプロセスが軽視された結果、起きた悲劇だったと言えるでしょう。
理研によるSTAP論文の研究不正断定についての詳細記事(日本経済新聞)
STAP細胞事件の全容を理解するために、詳細なタイムラインを以下にまとめました。
2014年1月
2014年2月
2014年3月
2014年4月
2014年5月〜7月
2014年8月〜12月
2015年
2016年
2022年
この事件は、科学研究における倫理の重要性、研究データの透明性、そして科学コミュニケーションのあり方について、多くの教訓を残しました。また、メディアの過熱報道や、女性研究者の扱われ方についても議論を呼びました。
STAP細胞事件は単なる一研究者の不正ではなく、科学研究のシステム全体、研究機関の危機管理、そしてメディアと科学の関係性についても問いを投げかけた重大な事件だったのです。
『捏造の科学者 STAP細胞事件』に関する詳細な書評と事件の分析
研究不正は医学分野のみならず、理工学や人文社会学などあらゆる分野で見つかっています。捏造された医学データを信じた医師が患者を治療すると、患者の健康被害につながる可能性があります。また、薬の作り方に捏造があれば工場で正しい薬を作れず、廃棄品が多量に出て、膨大な経費が無駄になるといった社会的損失も生じます。
捏造データを信じれば、生命に危険が及び、科学技術や経済が衰退し、国の安全保障も保てなくなります。結果的に、学問の価値が信用できず、社会システム全体がゆがむ恐れがあるのです。
STAP細胞事件から11年が経過した今、私たちは改めてこの事件を振り返り、科学の健全な発展のために何が必要かを考える必要があるでしょう。科学的知見は、厳密な検証プロセスを経て初めて信頼に値するものとなります。そのプロセスを軽視することは、科学そのものを否定することにつながるのです。