江戸脚気の歴史と原因と症状と予防対策解説総まとめ完全

江戸の脚気

江戸脚気と白米偏重の食生活

江戸時代の都市部では、もともと玄米や雑穀を主食としていた日本人の食卓が、精米された白米中心へと劇的に変化しました。地方では依然として玄米や麦、雑穀、芋、海藻などを混ぜた「かて飯」が主流だったのに対し、江戸では白米だけを腹一杯食べる生活が「粋」とされるほど広まっていきました。
白米は見た目も美しく、炊き上がりがふっくらとして食味も良かったため、将軍や上級武士だけでなく町人層にも急速に普及しました。しかし、精米の過程でビタミンB1を多く含む糠や胚芽が削ぎ落とされるため、白米ばかりを食べるとビタミンB1が不足しやすくなります。当時の江戸では副菜が質素になりがちで、白米に味噌汁と漬物程度という「主食偏重」の食事パターンが日常化していました。

 

参考）江戸の人々は米をよく食べた
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このような食生活の変化により、江戸に長く詰めている武士や、江戸に移り住んだ人々の間で脚気が多発し、「江戸患い（江戸わずらい）」と怖れられるようになります。おもしろいのは、江戸で体調を崩した武士が国元に戻ると、玄米や雑穀中心の食事に戻ることで症状が自然に軽快する例が多かったにもかかわらず、当時は土地や水のせいと誤解されていた点です。

 

参考）日本の脚気史 - Wikipedia
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江戸と地方の食生活の違いをざっくり整理すると、次のようになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地域・層	主な主食	副食の傾向	ビタミンB1摂取	脚気リスク
江戸の武士・富裕町人	精白した白米中心	魚や惣菜はあるが量が少なめ	不足しやすい	高い（江戸患いが多発）
地方の農民・町人	玄米＋麦・雑穀・芋の「かて飯」	野菜・海藻などを少量ずつ	相対的に確保されやすい	低い（江戸ほどの流行は少ない）

白米はカロリー源としては優秀ですが、精米によってビタミンB1が大きく失われるため、「腹は満たされても栄養は足りない」という状態を招きます。江戸の人々は、満腹感と美味しさを優先した結果、ビタミンという概念すら知らないまま脚気を「時代の流行病」として受け入れてしまっていたとも言えます。

 

参考）https://potato-museum.jrt.gr.jp/essay101.html
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• 江戸の白米偏重は、米価の下落や流通の発達で「贅沢な主食」が一気に大衆化したことが背景にあります。
• 地方の「かて飯」は、結果的にビタミンやミネラルを補う合理的な食べ方になっており、脚気を防ぐ役割も果たしていました。
• 現代でも、白米やパン中心で副菜が少ない食事は、江戸の脚気リスクと似た構図を持つ点に注意が必要です。

江戸脚気とビタミンB1欠乏のメカニズム

現在では、脚気はビタミンB1（チアミン）の欠乏によって起こる病気であることが明らかになっています。ビタミンB1は、糖質をエネルギーに変える際に必須の補酵素であり、足りなくなるとエネルギー代謝が滞り、特に末梢神経や心臓に大きな負担がかかります。その結果、足のしびれや倦怠感から始まり、むくみ、息切れ、最悪の場合は心不全にまで至ることがあります。
精白した白米は、玄米の外側にある胚芽や糠層を削り取るため、ビタミンB1が大きく減少します。江戸のように白米が主食の大部分を占め、副菜として肉類や豆類、種実類などビタミンB1の多い食品をほとんど摂らなければ、慢性的な欠乏状態に陥ります。一方で、玄米や麦、蕎麦、小豆などを組み合わせた食事であれば、ビタミンB1をある程度確保できることが、後世の栄養学からも裏付けられています。
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江戸時代の漢方医は、ビタミンという概念を知らないながらも、「脚気には麦飯や小豆飯が良い」「蕎麦を食べさせると軽くなる」などの経験則を積み重ねていました。これらの食品はいずれも、精白米よりビタミンB1を多く含んでおり、結果として合理的な治療食になっていた点が興味深いところです。
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脚気の代表的な症状は、江戸の人々の生活感覚とも強く結びついていました。

 

• 足先のしびれや力の入りにくさから始まり、階段の上り下りや歩行がつらくなる「歩行障害」の訴えが多く見られました。
• 進行すると、ふくらはぎのむくみや心臓の負担増加による息切れ・動悸が現れ、「水ぶくれの病」と恐れられました。
• 重症化した「悪性脚気」では、急性心不全で突然死する例もあり、一部の将軍や武士の死因ともされました。

江戸の町では、これらの症状が徐々に「江戸わずらい特有の体調不良」として知られるようになり、「長く江戸に詰めると脚がだめになる」といった言い回しで恐れられていました。しかし当時は、空気や水、湿気、体質などさまざまな要因が疑われ、白米とビタミンB1という本当の原因にたどり着くまでには、明治以降の長い試行錯誤が必要でした。

 

参考）脚気をめぐるお話（その１）
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江戸脚気と将軍・武士階級の流行

江戸脚気は庶民だけの病気ではなく、むしろ白米をふんだんに食べられた将軍や上級武士ほど深刻な影響を受けていました。徳川十五代将軍のうち、家治・家定・家茂などが脚気と関連するとされる症状で命を落としたと伝えられ、家茂の正室である皇女和宮も脚気が死因の一つとされています。豊かな食事を取れる立場でありながら栄養バランスが崩れやすかったため、脚気は一種の「セレブ病」「身分病」ともみなされていました。
江戸城や大名屋敷では、白く磨き上げられた米をたっぷりと炊いた食事が日常であり、玄米や雑穀は「貧しい食事」として避けられることが多かったと考えられます。さらに、肉類をあまり食べなかった当時の武家社会では、ビタミンB1を多く含む豚肉などの食品を摂る機会も少なく、魚中心でも量が限られていたため、結果的に白米依存が強まりました。

 

参考）脚気をめぐるお話（その２）
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興味深いのは、江戸に長期間詰める武士ほど脚気にかかりやすく、国元に戻ると症状が軽くなる例が多かった点です。地方に戻ると玄米や麦飯、雑穀飯に戻ることが多く、江戸での豪勢な白米中心の食事よりも、むしろ粗食の方が健康に良かったという逆説的な状況が生まれていました。

 

参考）120 白米病の江戸煩と焼き芋 （平成19年6月4日）
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• 江戸詰めの武士は、都市生活ゆえに米の入手が容易で、しかも身分的に「白い飯を腹いっぱい食べる」ことがステータスでした。
• 一方で、地方在住の武士や農民は、玄米・麦・雑穀に頼らざるを得ず、結果として脚気のリスクが低く抑えられていました。
• 将軍や大名が脚気に倒れる一方で、十五代将軍徳川慶喜は脚気を免れたと紹介する資料もあり、好んで摂っていた食品にビタミンB1が多かった可能性が指摘されています。

こうした歴史から見えてくるのは、「贅沢な食事＝健康」とは限らないという教訓です。白く美しい米を求めた結果、本来は健康の土台となるはずの主食が、静かに将軍から庶民までを蝕む病気の引き金になっていった様子は、現代の過剰な精製食品や糖質偏重の食生活とも重なって見えます。

 

参考）日清、日露戦争で3万人以上が「脚気」で死亡…文豪・森鴎外の「…
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江戸脚気と脚気論争・玄米食の導入

江戸時代に広がった脚気は、明治以降になると軍隊を中心にさらに大きな社会問題となり、「国民病」と呼ばれるほどの規模に達しました。陸軍や海軍で集団生活を送る兵士たちの間で脚気が多発し、日露戦争では戦死者を上回る数の兵士が脚気で命を落としたという推計もあります。この時期、脚気の原因をめぐって「細菌説」か「栄養説」かを巡る激しい論争、いわゆる「脚気論争」が起こりました。
海軍の高木兼寛は、兵食に麦飯や肉・牛乳などを積極的に取り入れることで脚気の発生を大幅に減らし、「栄養が原因である」とする立場から具体的な対策を示しました。一方、陸軍医の森鴎外らはドイツ医学の影響を受け、当初は細菌説に基づいた対策を重視し続けたため、白米中心の兵食が長く維持され、脚気被害がなかなか収束しませんでした。
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この論争の過程で、「麦飯や玄米、小豆飯を食べると脚気が減る」という江戸以来の経験則が、近代栄養学の観点からも再評価されていきます。やがて、ビタミンB1の存在が科学的に確認され、白米中心の食事に麦や玄米、肉・卵・豆類などを組み合わせることが脚気予防の決め手であることが理解されるようになりました。

 

参考）http://saiseikai-gose.jp/department/images/pdf/nst/tsushin/vol41.pdf
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• 江戸時代の「脚気には小豆飯・麦飯」という民間的な常識が、のちにビタミンB1の発見によって科学的に裏付けられました。
• 高木兼寛の麦飯導入は、日本の栄養学・疫学の先駆けとされ、食事改善による公衆衛生の成功例として今日でも紹介されています。
• 江戸脚気から近代の脚気論争までの歴史は、「原因が見えていない病気にどう向き合うか」という医学史上の重要なケーススタディにもなっています。

江戸脚気を入り口にこの流れをたどると、「流行病」のように見えた病気の背後に、社会構造や食文化、さらには学説の対立までもが複雑に絡み合っていたことが見えてきます。単に「玄米の方が健康に良い」という一般論ではなく、歴史の中で実際にどのような試行錯誤が行われたのかを知ると、現代の食選びにも説得力あるヒントが得られるはずです。
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江戸脚気と屋台・外食文化の意外な関係

ここからは、検索結果の上位にはあまり登場しない観点として、「江戸脚気と屋台・外食文化の関係」を少し掘り下げてみます。江戸の町には、そば、天ぷら、握りずし、うなぎなどを売る屋台や店が軒を連ね、「外食文化のはじまり」とも言える賑わいを見せていました。一見すると豪華な外食が増えれば栄養状態も良くなりそうですが、実際には白米や精製された小麦粉を使った炭水化物中心のメニューが多く、ビタミンB1の観点では必ずしも理想的ではありませんでした。
たとえば、江戸名物のそばは、殻の部分をどの程度残すかによってビタミンB1の含有量が変わり、挽きぐるみのそばであれば白米よりもビタミンB1を多く含みます。江戸っ子の「そば好き」が、結果的に脚気を軽減する方向に働いた可能性を指摘する研究もありますが、一方で天ぷらや握りずしだけでは、白米中心の食生活を根本的に変えるには至りませんでした。

 

参考）【健康情報】続 日本人の食と病気の変遷あれこれ（前回からの続…
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屋台で手軽に食事を済ませられるようになると、「腹を満たす」ことが優先され、野菜や豆類、種実類などの副菜は後回しになりがちです。これは、現代のコンビニ食やファストフード利用が増えると、副菜や果物が不足しがちになる状況とよく似ています。
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• 江戸の屋台メニューは、炭水化物＋油という高カロリー構成が多く、「エネルギーは足りているのにビタミンは不足」という状態をつくりやすかったと考えられます。
• そばや小豆料理、焼き芋など、ビタミンB1やその他のビタミンを比較的多く含むメニューもあり、これらを好んだ人は脚気リスクがやや低かった可能性があります。
• 「安く早くお腹を満たせる外食」が広がると、主食偏重になりやすいという構図は、江戸の屋台文化と現代の外食産業に共通するポイントです。

江戸脚気を現代の視点で振り返ると、「白米＋副菜不足＋外食の偏り」という組み合わせが、じわじわとビタミンB1不足を進行させていたことがわかります。そして、この構図は現代の「炭水化物中心・加工食品中心の生活」とも驚くほどよく似ており、江戸の教訓を自分の食卓にどう活かすかが、今の私たちにとっての大きなテーマになっているとも言えるでしょう。
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江戸時代の食生活と脚気の関係を詳しく解説している農林水産省の資料です。

 

参考）脚気の発生：農林水産省
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農林水産省「脚気の発生」
日本における脚気流行の歴史的な推移と治療法の変遷を整理した解説です。
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日本の脚気史（Wikipedia）
高木兼寛と森鴎外の脚気論争、軍隊における脚気対策の詳細を知るのに役立つ医療系のコラムです。

 

参考）https://www.sagaekiminami-clinic.jp/archives/1012
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高木兼寛と森鴎外の脚気対策論争